2月10日の夕方に日経新聞から「日本銀行の新総裁に植田和男氏を起用する」との報道がなされた。
事前情報では雨宮現副総裁や中曽前副総裁の名前が挙がっていた日銀総裁人事だが、候補として取りざたされていなかった植田氏の起用にはマーケットでは一時円高や株安の反応が起きた。
今回はこの植田氏を中心に経歴などをまとめ、最後に日本銀行の今後の金融方針についても考えてみたい。
目次
植田和男氏とは
経歴
植田和男氏は1951年9月20日生まれの71歳です。
東京大学理学部を卒業した後に再度同大学の経済学部に入学した方で、当初数学科を卒業した後に経済学に移っていることを考えると、もともとは理系であると考えられます。
その後の経歴については以下のとおりです。
- 1974年 東京大学理学部数学科卒業
- 1980年 マサチューセッツ工科大学にて博士課程修了(経済学)
- 1985年 IMF チーフエコノミスト
- 1993年 東京大学経済学部教授
- 1998~2005 年 日本銀行政策委員会審議委員
- 2005年 東京大学大学院経済学研究科教授
- 2011~2012 年 日本経済学会会長
- 2017年 東京大学名誉教授
- 2017年 共立女子大学ビジネス学部教授
黄色マーカーのとおり1998~2005年の間、日本銀行政策委員会審議委員を務めています。
日本銀行政策委員会審議委員時代
植田和男氏が政策委員会・金融政策決定会合に出席したのは1998年4月9日からです。
これらの会合での発言については、日本銀行において既に議事録が公表されており、植田氏の発言について確認することができます。
1998年4月9日議事録から(要約)
- 潜在成長率について、調査統計局では、2%くらいを前提に計算していると思うが、ある種の外生的なもの(技術進歩など)についてはこれくらいだろうと仮定しているはずで、実績では1%くらいになる。今後もっと真剣に分析していくべき大事なポイントではないか。
- (マネーサプライの上昇について)現象面では投信からシフトしたのだと思うが、もう少し根源的な問題に遡った場合にどのように解釈されるのか
- 構造問題と金融政策の関わりとして、企業リスクを反映したリスク・プレミアムをどう評価するかについて、金融システム不安によるものは金融政策として気にするべきだが、正当な企業リスクについて金融政策として対応するかが判断ポイントではないか
- 緩和手段の最後の玉として公定歩合の引き下げのようなことを考えていると思うが、それ以外の玉として量的なターゲットを作るという金融政策が有り得るかと思う。
1998年4月24日議事録から(要約)
- 「資産価格と財・サービス価格の相対関係を過去からトレースするとどういうことになっているのか」⇒「トービンのq」が当たるのではないか。長期的には1になるという議論もあるがはっきりはしていない。
- 市場の流動性について⇒日本銀行のCP買いオペがなければ市場流動性が困難だったのではないか。ほかにどのような手段があったのか。
- 前回会合から景気に関する判断は特に動いていないということなので、この面からは政策を変えないということであると思う。
2000年8月11日議事録から(要約)
- 賃金が下げ止まったということは物価全体が下落していくリスクが低下し、デフレ懸念の払しょくに近づきつつある。
- 懸念材料としては、景気回復が始まったとみられる約1年位前から現在までの成長は1%弱で、潜在成長率よりもおそらく低い。
- 市場が不安定化する可能性は十分にあり、それなら少し待って見届けてもいいのではないか。
- ボトムからある程度の幅のハードルを越えて上昇することが必要で、そのためにはテイラー・ルールのような正しい金利の目安を計算してみるのはどうか。
- (利上げを)待つことのコストが足元のインフレ動向から判断して、それほど大きくないのではないかと思われる。
ここから読み取れる植田氏は、学者出身ということもあり理論面で強固な裏付けがある一方、「わからない」という言葉も多く使われており理論の限界について理解している、ということです。
また、量的緩和について早期に言及しており、量的緩和について一定の理解があると思われる一方、様子見することについてコストがかかることを認識している点も非常に興味深かった点でしょう。
今後の金融政策について
景気に関する認識について
現在の日本の景気がどうか、という点でインフレ率について言及することは避けられません。
特に良いインフレか、悪いインフレかということが重要になりますが、インフレに倣う形で賃金上昇が起きているかということが非常に重要です。
その点、足元でファーストリテイリングや三井住友銀行を中心に賃上げの勢いが出てきており、決して悪いインフレとはいいがたいと考えています。
とすれば、次に考えることは(利上げを)待つコストということになるでしょう。
利上げを待つコストについて
利上げを待つコストと記載したものの、本質的には金融緩和から脱却することを待つコストと考えるべきです。
なぜなら、現在の日本銀行の金融政策による緩和は次の3つに分解でき、金利以外の緩和政策が複数あるからです。
- 長短金利操作政策
- 量的緩和政策
- 質的緩和政策
マイナス金利は金利にターゲットを置く旧来型の緩和方法です。日本の場合は長期金利も操作しており、長期金利操作政策はやや歪な方法です。
量的緩和政策も米欧で実施されてきた新型ではあるものの世界標準と言えるべき緩和方法です。
一方、質的緩和政策は日本独自に導入されているもので、株価の下支え政策と批判されることや、大企業の株主に日本銀行がいるというような世界的に見ても歪な緩和方法です。
人員確保のため民間企業が賃上げなどに動く日本経済において、その民間企業の株式相場を日銀が買い支えているという状況は極めて歪なものと言わざるを得ません。
ですから、金融緩和から脱却するにあたり、まずはこの質的緩和政策を解除していくことが検討されると考えています。
それなくして、日本経済の回復を世界に正しく認識してもらえる手段は少ないと考えます。
市場の不安定化
質的緩和政策を解除するとなれば、当然株式相場は不安定化し、一時的に大きな下落に見舞われる可能性があるでしょう。
これを植田氏がどのように解釈し、どのように市場とコミュニケーションするのかが大きなテーマとなると考えられますが、一方で足元日本銀行による株式購入は限定的で、質的緩和政策の解除は必ずしも市場の不安定化を誘発しないかもしれません。
私自身はどちらかと言えば、その立場で世界的な金融引き締めにより世界的なリセッションが起きない限りはこの問題は切り抜けられると考えています。
米欧の景気は利上げが進んだ現在も、どちらかと言えば堅調で異変は限定的です。
ですから、現在の市場が継続していれば、2023年4月と7月の展望レポートを踏まえ、7月に質的緩和を解除することを念頭に置いています。
その後の緩和脱却
質的緩和の解除が済めばようやく長期金利の操作にテコ入れが入ることになるでしょう。
質的緩和の縮小とともに長期金利の誘導水準についてもさらに変更が入ると見られ、その時期は夏から秋にかけてを予想しています。
あるいは、待つコストを考慮して短期と長期両方に修正が入るかもしれません。
そのころまで、米欧が景気を保っていれば間違いなく日本も利上げ不可避となっていくと考えられます。
長期金利の誘導目標がなくならない限り、量的緩和政策は緩められないため、日本銀行による国債の購入は継続しつつ、こういった施策がとられていくと考えています。